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2009年3月

人間の至上を謳う、我が若き日の道標;ヘルマン・ヘッセ

 2006・3筆記

 ヘッセは、私の畏敬の作家・詩人のひとりで幼い時分から随分、耽溺した記憶があります。『ヘルマン・ヘッセへの道』と題し、批評文みたようなものを、高校生の頃、ある雑誌の懸賞に応募したところ、次席を得ました。懐かしく芳しき作家です。ドイツ文学には何がしか執着があって、多くの思想をその底に置く作品をこれまでにも数多く読んでまいりましたけれど、やはりヘッセの文章には独特の、さも美しき文章体というものが有り、誠に寓意にも満ちており、深く感慨寄すことの出来る作家のひとりとの思いがあります。私は作家が求道するという精神をヘッセに教わったんですね。やはり何人をも寄せ付けぬ拒絶した世界観ではなく、平易に懐を開いているかのようなヘッセの語り口は、今後も多くの読者を獲得していくのだろうなという予感があります。ヘッセはきっと朽ちません。ヘッセによってこれまで様々な文学談義のひとときも得てまいりましたので、今後もおそらくヘッセのことで熱く語り合えるときもさぞや随分と持ちえることでしょうね。ヘッセはそのこころ、優しみを抱いたお方。ひとの業というものに対して慈しみを持って静かに語りかけてくれる作家です。ノーベル賞作家では、私の最もお気に入りの作家であり、ヘッセの作を読み返せば何がしかの示唆が恒に得られそうな予感が未だ、あります。そういう感覚を忘れさせぬ珠玉の文章群です。あまり、この作を読んだほうがいい、などとこれまで呟いた記憶がありませんが、ヘッセだけは特別にお勧めということでどの作も推しておきます。

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  読書りすと(ヘルマン・ヘッセ作品)

  HESSE PAGE JAPAN ヘルマン ヘッセ ページ ジャパン

  ヘルマン・ヘッセ - Wikipedia

  読書のおと(ヘルマン・ヘッセ作品のページ)

  アウトサイダー列伝:ヘルマン・ヘッセ  

  文学にみる障害者像 ヘルマン・ヘッセ訳 高橋健二訳『春の嵐』(ゲルトルート)

  アルカンタラの熱い夏 ヘルマン・ヘッセの『シッダ-ルタ』

  偉人道 ヘルマン・ヘッセ(1877‐1962)…ドイツ/詩人・小説家

  ヘルマン・ヘッセ ゆかりの地

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世情に抗する光芒;丸山健二

 2005・12筆記

 何人も、丸山健二を否定は出来ない。既存の作家をも、である。氏は長らく芥川賞最年少受賞者として世情の真贋に晒されてきたが、こういった通り一片の風評に辟易し、そのうちある一部の編集者等と喧嘩して、隠遁。けれど文学のその深奥、分け入りたき想い絶ちがたく、還暦を越えたいま現在でもその旺盛な筆力はいまだ衰え知らず、誠に敬意称する素晴らしき先達では、あろう。

 ただしむべなるかな、その作品群はいまや世情の解釈、範疇の外にあり、出版しても直ぐに絶版の憂き目に遭い、なんとも頑是無いことではあろうけれど、丸山、氏自らがその位置に固執なさる、それもまた是、と思われておられる風もあって、そのことに対して私がどうこう言うことは甚だおこがましきことであろうかとも感じてしまう。
 私は、今は、読まれてこその文章という思いもあって、読み書きする文章は出来るだけ平易に書き綴ろうと努めてはいるのですが、その為、日々せっせとそういったことに付随する煩瑣な精神修養ともいうべき行いも多々沸き立ってきて、ほんにこの心、世話しなく感じてしまうこともしばしば。
 僭越ごとながら、私は普段、何人をも丸山健二、氏が綾織る文学を否定は出来ぬ、と思って生きてきたかつての文学青年のひとりだ。それはつまり文体に対する、あまりの固執を思うからこそ。ちょっとその風貌とあいまって、あの詩作人・良寛の発想を思い起こす。氏は、文壇と隔絶なされた。だが氏は、純文学と恒に寄り添うておられる。このことは私にとっては大変なる畏怖・脅威、また羨望のひとつだと今日はここにまっさらな気持ちで白状しておきたいと思う。

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  YouTube - 丸山健二1 2005年週刊ブックレビュー

  はてなダイアリー - 丸山健二とは

  丸山健二 - Wikipedia

  「鉛のバラ」丸山健二さん

  yahoo!ブログ - 自然風ガーデニング(みやもと家別室)

  人間存在の根源を衝く神話の誕生

  『安曇野の白い庭』

  ■雪山堂  丸山健二全作品目録

  アルカリブログ丸山健二さんにインタビュー

  ~丸山 健二評~

  

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地中海?そこはこの世の楽園などでは無く・・・;アルベール・カミュ

2005・7筆記

神々がシーシュポスに課した刑罰は、
休みなく岩をころがして、
ある山の頂まで運びあげるというものだったが、
ひとたび山頂にまで達すると、
岩はそれ自体の重さでいつもころがり落ちてしまうのであった。
無益で希望のない労働ほど怖しい懲罰はないと神々が考えたのは、
確かにいくらかはもっともなことであった。
  アルベール・カミュ『シーシュポスの神話』拠り

 アルベール・カミュは太陽の楽園、地中海の畔、アルジェリアに生を得た。そんな大地の恵みに育まれて成長したカミュが唱えた深遠なる境地とは、この世の意識概念に抗する、不条理という名の概念だった。

 『シーシュポスの神話』このギリシャ神話に興を成す文章群は、20代の私のひとつの拠り所か!?、この世の夢など儚い、ゆえに現実ほど自身の心根を知る手かがりに成り得るものはない。苦難という名の頂のてっぺんに大岩を持ち上げるシーシュポス、なんとか高所まで持ち運んだかと思えば、ガラガラと再び転がり落ちてゆく、大岩。人生に準えて、発表当時の文学青年達は、それを辛苦の文学とも評した。だが、辛苦?、実はこの先にこそ、カミュが訴えたかった真実が、潜んでいると私は見る。

 『ペスト』『転落』『誤解』、カミュは現代に生きる私達に、人生の崇高なる意義を問い質してくる。そこから逃げれば楽だが、この楽とは安楽の楽ではなく、死楽の楽か!?、あまりにも有名な『異邦人』、太陽が眩しかったから、人を殺したと語る、かの主人公に、現代社会の暗部を見るのは果たして私だけだろうか!?私だけではあるまい。

 私はカミュの醸し出す作品群が好きだ。何故だろう?、そこにはこの意識の暗部を抉るから。淡々と生きてゆきたくない、私の心根に響くから。人生は暗い洞窟の中と似たり。それゆえに救いの灯明を見出そうとひとは恒にもがき流離(さすら)う。

 ……言葉は、必要です。何故なら、灯明が見えた時、「おーい」と叫ばなければならないから。

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 アルベール・カミュ - Wikipedia 
 アルベール・カミュ「名句・名言の裏側は」
 アルベール・カミュ『異邦人』
  Albert Camus
 カミュ『誤解』 - PLAYNOTE
  「異邦人」(アルベール・カミュ)
 ブッシュの悪魔テロリストと『正義の人々』
 新潮文庫(Shincho bunko)
 ノーベル文学賞 - アルベール・カミュ
 アルベール・カミュの死

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ようこそ、僕の『暗い青春』;坂口安吾

 2005・11筆記

 安吾を私は嫌いではなかった。むしろ好きな作家のひとりとして遵(したが)えていた。龍之介の甥であった葛巻義敏なる人物と共に若き安吾は、自殺した龍之介の一室を借りて同人誌の編集を行っておりました。冒頭、その一文から始まる、安吾の作が『暗い青春』です。10代当時、私はこの簡素なタイトルからして不可思議な磁場を持つ安吾特有の世界観に引き寄せられるままに読んだ記憶があります。あの安吾特有とは自虐的高踏観念、すらすらと読み綴っていける文章体にこそ、実は緻密な頭脳から形作られたパズルをゆっくりと丹念に紐解いてゆくレシピが施されている。高飛車かと思わせておいて、実は妙にへりくだってみせたりもする、ゆえになるほど、彼の描く空想世界は、読み手に様々な疑問符を抱かせてくれるのでした。

 『金銭無情』や『散る日本』『破門』、『魔の退屈』といった安吾ならではの文章で綴られた小品も、私の中では、聡明なるその眼で当時の現代をしかと照射した、言わば叙情歌。歌にも浄瑠璃・ポピュラー・フォーク・演歌、全く様々あるように、安吾もまた次々と変幻自在に手を変え品を変え、当時の世相を切り刻んでゆきました。なのに彼は、はっきりと周りの者に告げていたそうな。「私は私に自信が持てぬ。他人はされど私には満々たる自信に満ち満ちているかのような印象をうける、などと言う。冗談じゃあ、ない」

 暗い観念を判然と、暗いと書ける度量は、けだし、安吾とか太宰治、くらいでしょうね。太宰が、それこそ暗い洞窟を、「怖いよ、怖いよ」と言いながらけれどぼちぼち歩を進めていける人物だとするならば、安吾はさしずめ、そんな前を行く太宰に「こんちくしょう」と石を投げつけながら歩んでいくタイプの人物、だったのかもしれませんね。青年諸氏は、枕辺に一冊、安吾を携えて一夜を共にするのが、よろしいかと。暗い洞窟をただ闇雲に走り続けていた、それこそ青春時代の私は、そういう安吾的“臆病者”だったのかも知れません。(他・筆者管理サイトより転載)

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  坂口安吾研究会

  坂口安吾とは?

  坂口安吾を読みまくる

  坂口安吾研究

  坂口安吾専門ページ 

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たとえ異土の乞食となるとても;室生犀星

  2005・8筆記

  ふるさとは遠きにありて思ふもの

  そして悲しくうたふもの

  よしやうらぶれて異土の乞食となるとても

  帰るところにあるまじや

  ひとり都のゆふぐれに

  ふるさとおもひ涙ぐむ

  そのこころもて

  遠きみやこにかへらばや

  遠きみやこにかへらばや

 よしやうらぶれて異土の乞食となるとても(異土とは古里では無い場所)、よもや乞食となるとても帰るところにあるまじや、と室生犀星は、その書、小景異情で謳った。21歳で、その古里・石川は金沢を捨て上京。文人として立身したき想いを断ち切れずの上京ではあったが、金に窮するとその古里・金沢に度々帰郷し、叔父に無心した。だが、そんな詩人の現実の隘路愁盲には、こんにち興味はない。あるのはこの詩が未だに燦然と光芒を放っているという事実のみ、ばかりである。

  室生犀星記念館

  室生犀星

  ほら貝*作家事典

 小景異情は1913年度の作だから、今から100年近い前の作、ということになる。そんな言わば古臭い作が未だに国語の学習や詩文の啓示作として、その命を終わることなく読み継がれているのは何故、だろう?。文学史的にはかの萩原朔太郎が、北原白秋の主宰する「朱欒」に掲載された室生犀星の「小景異情」に衝撃を受けた、とされる。明治の新体詩運動以来の口語体詩への試み、ゆえに流暢な韻文でなければならないなどといったいわゆる無意識化の拘束がこの詩にはよもや見られない。「小景異情」はまさに流暢な韻律などというこじんまりとした世界観にこだわらない口語体詩として、朔太郎以下様々な異能士に衝撃を与えた。のち朔太郎は犀星と親交を結び、山村暮鳥と共に人魚詩社を設立するなど、生涯に亙る盟友ともいうべき存在になるのだが、 やはりこの詩には現実を直視し、たゆまぬ明日への希望を捨てぬ者へのさやかな応援歌として揺ぎ無い何かが、ある。100年立っても、ひとののし上がろうという欲求は、ああ、変わらぬものなのだとちょっと斜めに嘆いてみるべきか、いやそういった、人生をそれこそ判りきったかのような醒めきったかのような呟きを越えた先に、やはりこの詩は存しているような気がする、とでも論じてみせるべきだろうか?。

 この詩は100年、持った。ならばその深さを僕は改めて覗いてみたくもなるというものだ。ひとの情緒は時代と共に変遷すれど、言葉の中の深奥は恒に永遠普遍なるものであるということなのであろう。

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室生犀星詩集 室生犀星詩集

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弱音を照射するということ;太宰治

 2005・3筆記

 太宰を否定する読み手は多い。いわく「太宰は通過点に過ぎぬ。いつまでも大の大人が関っていたら大火傷をする」いわく「一度は切り込まねばならぬ作家だろうけれど、そこに留まっていては何も埒があかぬだろう」いわく「太宰は、喩えれば初恋のような人。現実を経ていく度に懐かしき面影だけが幻影化されて、けど、きっとそこには戻らないだろうし戻れないのよね」「太宰を踏み越えていくことで何かが判然とする。その判然とした領域で振り返った時、ああ、太宰を知ってよかったなと初めて穏やかに微笑むことができる、というか、一度はだからこそ是非、知らねばね」様々な太宰評をこれまで幾度となく聞いてきた。その度ごとにけれど皆、一様に「だが、太宰に留まっていてはいけませんよ」なる言説をまるで繰言のように聞かされてもきた。
 皆、やはり私も含めて太宰に留まることが怖かったのではないか?いまではそいいう想いこそ強い。踏み留まれば待っているのはいうまでもなく大口を開けた死の淵?。太宰を斜め読みすればいくらでも逃げ口上は作れる。けれど真正面に向き合って太宰のひいては人間・津島修治の等身大の姿見を従えじっと目を凝らしてその文章を読んでいけば、何かが、ぽつりと口について出る。それが、その読み手のありのままの深層。太宰はきっと“死の淵”のもっとその奥に居よう。

 私はいま太宰観を問われてありのままにこう呟いています。「太宰は好きですよ。太宰ほど気優しい文章を編める作家はいませんもの。太宰はですね。じんわりゆんわりあとから効いてくるんです。けど、効いてきた先に私にはそれらを否定した文人、そう、あの三島がいますから。三島に感化した私がいて、だからこそ否定する私が居たし、見えてくるものもあるんです。三島に感化するほどの歪曲な人間かよ?と笑われて言下に文句を並べていた自分も含めていまは太宰を眺めていますよ。そういう域だけで本当は充分なんですよ。つまり私にとってはもはや太宰は実は否定も肯定もない文人になったということですね。太宰は太宰。私は私。いまでもだから太宰は私の中で巣食っているし、普通に斜め読みしないで読める文人となりました」歳を重ね太宰を真っ向から否定してかかった10代時分の私がいまはただただ懐かしい……。

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 太宰治・年譜
 太宰治資料館
 作家別作品リスト:太宰治
 太宰治論
 奥野健男の文学世界

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