童話作家

「哀しみばかりを語るんじゃないよ。……」;宮沢賢治

 2006・9筆記

 「哀しみばかりを語るんじゃないよ。苦しみばかりを語るんじゃないよ。愉しみばかりを書いたって誰も振り向きはしないものだよ。いいかい!?心で語りなさい。喜怒哀楽、ひとの心には誰しもに、その心なるものが根ざしている。あなたには、その心を見通せる技量が既に備わっておりますよ。ゆっくり自身を見つめることです。それがあなたの明日を創るのですよ。」それが、僕が20代前半の頃に、さる、師から賜った言葉。 

 その師がお亡くなりになり既に十数余年。還らぬひとと想いながらも、いまだにその師の夢をよく見てしまう。師はあまりにも著名であったが僕なんかを捕まえてよく、謎かけをしてくれた。たとえればふたり、街中を連れ立って歩んでいる。いきなり、あの青年、どう想う!?なんて呟かれる。「はい?」などと僕は返答に窮し、まごまごしていると「人間を語るには、人間を観察するのが一番です。」とおっしゃられた。せっせと書いたものを括っては先生の居所へ行きご評価を賜る。ご自宅にお電話すると、大抵、奥様が出られ「今日はどこどこに……」とお教えくださり、その地が都内某所なら僕はかの地へと飛んで行く。その繰り返しの時期が三年ばかり続いた。小説執筆、その間に僕は映画館と酒場と格闘技、そして女の子に夢中な、どこにでもいる青年だった。

 苦しかった。でも恒にどこか誇らしげであったのではと想う。僕は偉大な師を独占している。いまでは誠、美しき日々。時が巡り「輝いていたな……」などと僕もいっぱしにさもてらいなくあの頃を振り返る歳になった。つい、先達て、かの師のまた夢を見た。師は夢の中で、僕にこう、言っていた。「いまは苦しくてもきっとまた輝いていたなと想えるときがまいりますよ。」あまりにも示唆的であまりにも直截的で、僕は夢から覚め驚愕していた。いっときまだ、夢の続きの只中のひとのようでもあった。

 師の身体は没しても、その御霊はいまだ僕のなかにあるのだなと僕は僕を慰めてみる。師の功績は、今更ながらに燦然と煌いている。僕は、その足元にも及ばない未完の作の山、山、山だ。だからこそ僕はこの歳になっても、かつての師を仰ぎ見る。その前に鎮座する想い。師は、僕にはとても優しかった。けれど書くものには手厳しかった。普段の師は、あんなにも慈愛の込められたお言葉を僕に注いでくださられた。想い起こせばちょっと泪が溢れそうになるほどだ。師は、その書く物、書く物、人間のはかなさをこれでもかこれでもかとまるで迫り来る大鬼の如き筆致で、ものされていた。その姿勢は死する、その日までけっして妥協なさらぬもののように想えた。なのに普段はとても柔らかい微笑と暖かい言葉を選んでかけてこられる方だった。

 僕もいつかは、
 そんな師とまた巡り合うことでしょう。
 師は「その日はまだですよ」と、
 夢の中でいまだ手招きをしてくださらない。

 そんな僕の師がもっとも好きだと評した作家、そのひととはかの宮沢賢治という物語作家だった。

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いまとなっては忘れようにも忘れられようか・我が父が愛した童話作家;椋鳩十 

 父が座した胡坐に腰掛けて父の朗読する童話に聞き入っていた、幼かった頃の私。最早、遠い遠い過去のようで、ただ想い出すのは酒さえ飲まなければ優しかった父の面影。時は過ぎ、入院加療中の父がまだ多少元気だった頃、父にせがまれてそんな父の片腕を抱きながら、入館した椋鳩十文学記念館。ほんに寒い日のことで南国だというのに、霙が降っていたような。なのになんだか頑強に「行くぞ」とせがんだ父。「俺は一度は生涯、ここに来たかったんだよ」と確か父は言っておりましたっけ。そんな父も、もうこの世に居ない。出来ることならば、父とふたり、元気にきっと快復した父と今度は図書館の方にも尋ねてみたかった。もう、それは叶わない。椋鳩十の童話を手にする度に、父が私に人として何が大切なことか、知らしめようとした当時の心根が感じ取れて、今はただただ今在るは、あの父のお陰かと。愛情表現が下手で怒ってばかり居た風情の父が、私に示した微かな人としての情。父の優しさがいまはただただ胸に滲みております。……我が、実父、死して2年。今日は全く個人的感慨で誠に申し訳、ありません。   
                             2008・4筆記

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